8月 15, 2023

政経東北8月号に「不当な立ち退き要求と闘う会津若松在住男性」この記事に関する詳細な情報を得ることが出きたのでその全貌を公開します。

当ブログは世間の皆さんに警鐘を鳴らす意味において公開しております。
身近に起こる犯罪とは、自分自身が知らない間にも魔の手は忍び寄ってきます。                       自身で防衛対策に努めましょう。※当ブログは政経東北とは一切関係ありません。

第1章「羊に群がる狼たち・序章」

 そもそもこの事件の発端から書かなければならない。この一連の流れには、2人の被害者がいるのだ。
ひとりは元所有者である群馬県桐生市に在住する山田トミエさんである。そしてもう一人が、渦中にいるXで、Xは長谷川だ。
極めて悲劇の真っただ中に置かれているのが長谷川であり、真の意味ではこの長谷川こそがいちばんの被害者であろう。

 長谷川が祖父の代から100年以上に渡り借地借家としている問題の場所は、会津若松市のほぼ中心地にあり静かな住宅街である。土地面積は約230坪(当時評価額2600万円)バブルの時代には坪単価35万もしたという。
長谷川の借家は100年以上も経つ家で、敷地内の隣家にはトミエさんの親族が住んでいたという、この夫妻が故人となってから以後、子供がいなかったことから群馬の親族である山田家が相続したというものだ。
 もともと家族的付き合いであったことから、長谷川の祖父との間には契約書なども一切なく、家賃を払って住むいわば大家と店子の関係であったという。
群馬の山田家が相続後もこの関係は続き、契約書などはなく「家の修理や改築はそちらで自由にやってください。それであるなら無条件で住んでくださってよろしいですよ」との話で、以後家賃は桐生の山田家の口座へ振り込んできたという。
 長谷川は自費でもって、当時借金して500万円ほどかけて家を自力で改築したという。
とにかく当時は外回りは障子戸、床は落ち、茅葺屋根に井戸水であり風呂は銭湯などで、最も終戦後から昭和の時代であるから、長谷川家に限らずいくらでもこういう状況の家は多くあったという。
それでも長谷川にとっては生まれ育った実家であり、父親は長谷川生まれて二週間後に他界しており父親の顔も知らないで育った。
母親は4人の子供を育てる為相当苦労したようで、それでも長谷川は幸せであったと亡き母親を偲び、その借地借家であっても、思い出のある場所を無残にも食い物にされ、なおかつその場所でハイエナような連中と、戦い続けていなければならない長谷川はまさに「羊に群がる狼たち」の羊そのものであり、心情を思うと心が痛む思いだ。
この敷地には2階建ての土蔵が存在している。
この土蔵は長谷川に関わりない代物であるが、以前は長谷川がある程度補強などして手を加え維持してきたと云う。これはあくまで山田家に対する長谷川の思いやりの心だろう。

「東日本大震災」の折、この土蔵が崩壊寸前の姿に変貌した。
当時を振り返り、長谷川は地べたに這いつくばり土蔵を見上げると、1メートルほど左右に大きく揺れ「この世の終わりだ!」と口に出して叫んだと云う。それほど衝撃は大きかったのだろう。それでも桐生の山田家からは何の心配する電話すらなかったと云う。
それでも長谷川は放置していてもかまわない代物にも関わらず、できる限り土蔵の補修してきたようだ。これは近隣住人に対する長谷川の配慮からであったようだ。
 関正尚(会津若松市・山内酒店社長)が購入後も、土壁が地震のたびに少しずつ崩れており、シートで覆った屋根も数本のロープで押さえてあるのだという。
長谷川は関の購入前にも「台風で屋根が飛ばされたり、崩壊したりしたら裏の住人が怪我はおろか、死人まで出たら大変なことになる」と云ったのだという。
関は「解体するからいい」とおもむろに云ったというのだが、関の従業員を通じて連絡するも、「しらばくれていればいい」と云われたといい、見に来ることも手を加える事もなく、何の処理もされないままの状態だと云うのだ。
こうした物件がある以上、ましては状況を知らない近隣住人の目が、冷ややかに長谷川に注がれるのも無理のない話だ。
持主である関が何もしない上、他人の物件になってる以上長谷川にはどうすることもできないと嘆いている。

 災いは続くもので、2018年9月(まだ山田家所有)の台風で土蔵の屋根がそっくり飛ばされ隣家に損害を出した。さすがにこの時は桐生の山田家に連絡をし、山田家の負担で隣家の損害を弁償するに至ったのだ。
負担は山田家であったが工事の手配や現場は長谷川がやらざろう得なかったようだ。

 そののち桐生の山田家のご主人から電話があり、これ以上この土地を持ち続けることは負担が大きすぎるので処分したいとの話があり、そのことで長谷川に会いに来るとのことであったという。しかし、元々心臓に持病のあったご主人が2日後に亡くなってしまったのだ。この一連の災害で持病に心労が重なったのだろうと長谷川はいう。

 そののち山田家の菩提寺が会津若松市にあることから、納骨の為会津に来ることとなり長谷川と会ったのだった。
もともとご主人は、長谷川に対しての今後の保証に対しての話で来るわけであった。
納骨には桐生から山田家総勢できて長谷川と会った。
この時は納骨で来たものであり、具体的保障の話などは出ず、ただ処分したいとの意向を長谷川に伝え、場所的にも会津で買ってくれる人はいないだろうかとの話も出た云う。
一応長谷川も当たってみるとの会話で終わったという。

 この後、話をしたのが一連の問題になっている、会津若松市で酒店を経営する関正尚であったと云う。
長谷川は何故この関に話をしたかを振り返る。
当時長谷川はこの関が経営する山内酒店の、ネット販売の構築を頼まれ出入りしていたと云う。(後に長谷川は、関がYahooオークションに、違法な出品を従業員にやらせていることを知り、構築などから一切手を引いたという。この件に関しては、本年4月に会津若松税務署が山内酒店に立ち入り調査をおこなっている。おそらくは消費税脱税という事なのだろう)

 関は話を聞くと、登記謄本と評価証明書をとってくるよう長谷川に求めたと云う。
当時、長谷川も桐生の山田トミエさんも土地建物に関する知識はなかったと云う。
のちにここで公開するが、一方的に宅建業者に契約書を作成させ、司法書士に送付させた上署名指印させたものであり、山田トミエさんはこの両名とも会ったこともなく依頼したこともないのだ(その後この宅建業者も司法書士も免許を返納しているという)

 関は買い取り額500万円という数字を長谷川に提示したという。
さすがに長谷川もこの数字には驚いたといい、このことを山田トミエさんにも伝え同様に驚いたようだ。
 山田さんからは「こちらでも探します」という電話があり1年程が経過したというのだ。
1年程経った頃、関から群馬の話はどうなってるかと聞かれたと長谷川は云う。
長谷川は実際のところ、自分の生まれ育った土地の売買には関わりたくないと云うのが本音で、1年も経ったのだからとほっとしていた矢先に、また関からのアプローチ。気分を悪くしたと云う。
関から群馬に電話するよう催促され、仕方なく連絡を取ったのだと云うことだ。
さすがに地理的状況から、山田トミエさん側でも簡単には買い手を見つけることが出来なかったようで、11月にご主人の一周忌で会津に来るようなので、関と会ってみるとこととなったのだと長谷川は云う。
山田トミエさんは、当初より「金儲けに利用するような、転売ブローカーのような者には売らない。店舗として利用してくれる人に売る」とはっきりしており、このことは長谷川から関にもはっきりと伝えており、「店で買う」「転売はしない」挙句には、長谷川に「長谷川さんはずっと住んでていい、駐車場の金と家賃をそのままよこしてくれればいいよ」と云い、また「年の順から云って俺のほうが先に死ぬぺ、わかんべ」などとも云い、何を表現したかったのか意味不明で理解得難い言葉だったと長谷川はいう。
契約書の取り交わしも、関みずから行わなかったと云うのだ。(これには訳があり、次号で公開する)
最も、長谷川は借地借家法で自分たちは守られていることを知っているから、とくに関の云うことなど気にも止めなかったという。

 同年11月初旬、市内のファミリーレストランで30分ほどの簡単な会話であったと長谷川は振り返る。
売りましょう、買いましょうの話までは進んだが、いつどこでの取引の段取りの話などは一切なかったのだという。
山田トミエさん側は家族全員が来ており、この時の会話も知識の持ち合わせていないトミエさんは、話には加わらずただうなずく程度で傍にいたという。
積極的に話を進めたのは、長男の嫁である美津子さんであったと当時を長谷川は振り返る。
 この山田家では、売買金額よりも優先事項がありそれは長谷川に対する補償の問題だ。
本来であるなら長谷川との問題を解決しなければ、関にも売ることはかなわなかったはずである。その話をするためにご主人が来るはずであったのだ。
 長谷川は云う、私にとっても重大な場面ではあったが、ご主人が亡くなって間もなくのことでもあり、100年以上も世話になってきたとの配慮から、山田さんの意向にお任せした。
結果的にこのことがあだになったようだ。
関のもくろみにうまく利用されてしまったのだろう。

 美津子さんは、店で買う事や転売はしないこともここで関に確認しており、また長谷川への補償的話も関に対し確認していると云うのだ。
また売買金の振り込みも、先に振り込んでも良いと関はこの場で明言しており、これらの会話は全員が聞いているにもかかわらず、見事に関に覆されたのだと長谷川は語る。
そして現在のような状況に進展するとは、この時点で誰もが予測することも想像することもなかったのだという。
それほど関は金になると思うと計算が先に立ち、騙すとなったら徹底的に演技をし、手に入れるところっと手のひらを返しようにしらを切る。現代裏社会の迷役者なのか?
しかし関という人物は、その場での思いつき発想でシナリオを描く人物なのだろう。
 シナリオとは完璧に出来上がってから役者を立て、入念な稽古を繰り返して、それで初めて人を感動させる芝居ができるというものだ。
関のようなにわか台本に、その都度の大根役者の登場では芝居は成り立つはずもない。
やはり犯罪集団と捉えられても無理もない話だ。
とにかくこの関は、従業員の間でも30分も経たないうちに、ころころと考えが変わってしまうのだと以前から聞いていたと云う。長谷川自身もそういう場面を何度も見てきたという。
 何か世の中は自分の力で動いているとでもの思い込みがあるのか、とにかく人に頭を下げることはしない。相手が自分より上目目線で話そうものなら威嚇する。
それは金の力で押さえつられた連中や、金と云う餌に飛びついた連中のみには通ようするかもしれないが、世間で通用する話ではない。
「井の中の蛙大海を知らず」とはよく言ったものだ。「裸の王様」の現代版とも思うような人物なのだろう。
大きな間違いであることに気づいていない、まさに欲に業をなす狼たちである。

次号、中編「羊に群がる狼たち・陰謀」を公開します。

※一連の監視カメラ映像も YouTube 、Facebook 、Twitter 、で公開しています。
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